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時空が歪んだ日の顛末 その3

午後、南幌さとうさんの休暇にお誘い頂いて、同じくお招きを受けたた当別の大澤さんともども月形樺戸博物館に伺いました。
ご案内役は前月形町長桜庭誠二さんです。初めてお会いしましたが北海道の方とは思えないぐらい(北海道の皆さんすみません)洗練された熱い方です。
獄舎の時を告げる鐘を鳴らして建物に入ります。柔らかくそれでいて強く3回鳴らしてくださいね。この鐘は出世の鐘とぼくは呼んでます。心して鳴らした方は本当に出世しましたから。検事総長とかね。(やや真剣に鐘を鳴らす。ワタシたち4名)
北海道開拓よりも前に最初にできた樺戸集治監は明治14年に開庁。
初代典獄(刑務所長)
月形潔(つきがたきよし)
福岡勤王派から内務省に
北海道における刑務所作りを命ぜられる。

開拓時代をこじ開ける為に連れて来られた囚人たちは外役という名目で過酷な労働で道を作らされました。そして、その道が屯田兵や物資が行き来 する道となるのです。札幌から旭川へ、小樽へ、そして 旭川から北見へ。 とくに神居古潭は難所であったと言う記録が残っていました。働いて働いてたくさんの囚人たちが亡くなって。命を残して刑期を終えることは必ずしも必要なしの記録もあります。
生きるも地獄死するも地獄i月形集治監は北海道開拓の負の遺産ではあるが彼らの労働に敬意を表し深く感謝をしてそこからでなければ北海道の真の豊かな発展は成し得ないと思う。150年を振り返りそこから北海道人は心からの豊かな発展をせねばならないのです。と僕は若者に言うのさ。桜庭誠二さんは現役町長時代より月形刑務所の歴史を精力的に講演されているそうです。。桜庭さんのお話しと博物館の資料や展示品が、近代史の中での月形集治監を立体的に浮き上がらせてきます。2時間半説明を聞き、亡くなった囚人の方々のお墓、慰霊碑にもお参りさせてもらいました。嗚咽に近い感じが丹田のあたりにくすぶってきます。尊王攘夷 明治維新 北方開拓 罪と罰 いろいろなことが月形という言葉に詰まっているのだと初めて知りました。

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つづく
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