FC2ブログ

時空が歪んだ日の顛末 その4

慟哭の月形をあとにして、当別に戻る。小腹が空いたね。と大澤さんのエコアパート近くのカレー屋さんに立ち寄る。ナマステhttps://r.gnavi.co.jp/71xv58x60000/ そういえば旭川で母亡き後の父を看取り 店をたたみ、家を取り壊すまでの 期間の 3年間ほどでかありましたが、お世話になった旭川実家近くのカレー屋さんがありました。もう5年前の話ですが 店の名はスーリア。 店長さんは いつもナマシュティ。と挨拶してくれたっけ。とつぶやきながら眺めるとここ、ナマステさんもネパールカレーのお店のようです。ネパール人らしい若いご夫婦にかわいい男の子が人なつっこい笑いを浮かべています。♪メニューを見て懐かしさで 胸がキュンとなりつつ 美味しいカレーへの期待感でワクワクします。
そこへ ドアを開け入って来たのは な、なんと旭川の ナマシュティさんでありました。

えーっ why?どうして。

ココはボクの 弟さんノミセデシュ 。何年アイマセンでしたか?
ボクはいま 留萌と深川店を持つ会社の社長デシュ。

す、すばらしい。頑張ったんだね。

旭川当時はスカイプでネパールの家族と話をしていたホームシック気味な感じでした。奥さんは東川で野菜農家のパートをしていたが(今はネパールに帰ったそうです。)日本語の言い回しかたをひとつずつ、来店のたびに質問して来る彼はなかなかの勉強家で料理も絶品。ネパールのラム酒を振る舞ってくれたり,ネパール語も教えてくれたのだった。ある日彼は ボクは毎日よく働くからお休みもいらないから、 ボクのお店の経営者になってクレマシェンカ?と一緒にカレー屋さんをやろうと頼んできたことがあった。いやいや お金も力もないアホンダラだから無理むりと 答えた。
カレー屋さんは父の入院先も近くて、父が亡くなった年は本当にカレーにお世話になりました。子どもたち、姉夫婦、姪や姪のフィアンセ等あらゆる人と当時カレーを食べました。パワーが要る私を応援してくれたカレーでした。
だから社長さんになった彼との再会には驚きましたしやったー!よかった!と思いました。
反面もうコックさんはやってないょという彼のカレー、隠し味に醤油や出汁を入れながら試行錯誤をくり返していたあのカレーをナンをもう一度食べてみたいと戻れないあの日々を思うのでした。

時の旅人であった長い1日は終わった。いろいろあり過ぎて、未明に目が覚めてしまうのでありました。

眠れない未明に漂う月の影 なおこ

スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

FC2カウンター
プロフィール

Naoko

最近の記事
最近のコメント
リンク
カテゴリー
最近のトラックバック
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード